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幕末の日本から考える国民意識と世界市民意識

どうも、Glocal Lifeです。

今回の記事では、

幕末の日本から考える国民意識と世界市民意識について

考えてみたいと思います。

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母国語の言語力の研究

外国語の言語能力を数字化する世界的潮流が

避けられないのなら、

それと並行して、

自分の母国語の言語能力を数字化するための研究も

進めるべきだと思う。


そうしないと、あまりにも、

アメリカやイギリス英語の母語話者に

一方的に都合のいい展開になってしまうことを危惧する。

外国語学習は全人格的な経験

外国語の言語能力を数字化するなら、

母国語の言語能力も一緒に数字化することで、

外国語を話すというのは、

全人格的な経験であることが理解できるようになると思う。


アメリカ的な文化価値である

「社交性」や「話好き」の個性だけが脚光を浴びて、

内向的な思慮深さや聞き上手などが軽視されるのは疑問に思う。

文化の相対主義と人間の共通基盤

文化の相対主義って、

それぞれの違いを優劣を付けずに認め合うことだと思うんだけど、

今のグローバル化の潮流は、

アメリカや西欧の価値観を基準に、

他の文化を測っているので、どうかと思う。


人間という共通基盤に立つのが大切だが、

国民意識ばかりが発達して、

世界市民意識を持っている人が少ないからな

幕末の日本から考える国民意識と世界市民意識

国民意識と世界市民意識については、

幕末の日本を思い出せば、理解しやすいかもしれない。


幕末の日本では「〜藩」という意識はあったが、

「日本人」という意識は気薄だった。


今の世界も国民意識ばかりが発達して、

世界市民意識を持っている人が少ない

世界市民意識の養成が人類の急務

現在のように、これだけ一体化が進んだ世界では、

環境問題一つをとっても、

一国で解決出来る問題ではないので

地球は、私達全員にとって掛け替えのない故郷である

という世界市民意識の養成をしないと、

人類は滅びるんじゃないかと思う。

渡米は上京と似ている

私は18歳で単身で渡米して、

アメリカで大学・大学院に進学して、

そのままアメリカで就職したんだけど、


言語と文化の違いを除けば、

大学から単身で上京して、

東京で就職した地方出身者の経験と私の経験は、

どこか似通った部分があるんじゃないだろうかと想像してみる。


これだけ地球が一体化した今の時代では、

渡米なんて、上京と似たようなもんじゃないかと思ったりする。

まとめ

以上、今回の記事では、

幕末の日本から考える国民意識と世界市民意識について

考えてみました。


多様な意見の一つとして、

少しでも皆様のご参考になれば嬉しいです。

これからもGlocal Lifeをよろしくお願いします。

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