子供を持ちたくない人に「子供はいいぞ〜」と語るのは余計なお世話
子供を持ちたくない人に「子供はいいぞ〜」と語るのは、
男が好きな男性に「女はいいぞ〜」と語るのに似ている。
どちらも、余計なお世話と言うものだ。
男が好きな男性の例
冒頭で挙げた例え話を続けると、男が好きな男性にいくら
「女はいいぞ〜女は暖かくて柔らかくて気持ちいいぞ〜」と熱く語っても、
男が好きな男性にとっては、
「へ〜俺は体験したことないけど、
◯◯さんにとっては、女は暖かくて柔らかくて気持ちいいんだな。
でも、俺は男が好きだから、その話をいくら聞いたとしても、
別に女を体験したいとは思わないな。」
という感想以外、持ちようがないのではないだろうか?
世間の大多数の趣味を否定するつもりはない
男が好きな男性は、女が好きな男性の趣味を否定するつもりはない。
世の中の大多数の人はそうなんだし、そういうもんだと思ってる。
その上で、本当は男が好きな自分自身の心を偽ってまで、
異性愛者の世間体に合わせるかどうかは、個人の判断だろう。
ただ一般論として、例え少数派であろうとも、
自分の気持ちに正直に生きた方が幸福度が高い気がする。
子供を持ちたくない人の例
子供を持ちたくない人も、このような少数派と似たようなものだ。
子供を持ちたくない人は、子供を持っている人の価値観を否定するつもりは毛頭ない。
それが世間一般の大多数の生き方だとは理解しながらも、
自分自身には、その生き方が合わないのを認めている。
だから、いくら子供を持つことの良さを語られても、
「へ〜◯◯さんにとっては、子供を持つことは幸福なんだね。おめでとう。
私にはよく分からない世界だけど、子供を持つのも楽しいんだろうな。
でもそういう話をいくら聞いたとしても、別に私は子供を持ちたいとは思わないな。
自分の子供を自慢したいぐらいの親バカだったら、別に許せるけど、
自分の価値観を他人に押し付けるのはマジで勘弁してほしい」というのが正直な感想だ。
他人に迷惑をかけない範囲なら自分に正直に生きる
自分の本当の気持ちを偽って、世間体を取り繕って生きるのも
一つの選択肢だとは思うが、私個人としては自分の幸せのために、
他の人に迷惑をかけない範囲なら、自分らしく、自分の気持ちに正直に生きたい。
そして私にとっては「子供を持たない」という選択は、
他の人に迷惑をかけない範囲内である。
私の家族の場合
私は4人兄弟の3番目なので、例え親が孫の顔を見たくても、
他の3人の兄弟に頼んでもらえばよいので、気楽なものだ。
うるさいことを言うような親戚も誰もいないし、
祖父母に関しては全員、とうの昔に亡くなっている。
興味深いことに、一番上の兄弟は50歳近くになって、
一番下の末っ子も30歳に近づいても、
今のところ、兄弟4人とも誰も子供を持っていない。
両親も内心では残念に思っているかもしれないが、
その両親の失望も、4人の子供で分け合えば、罪悪感も4分の1以下になる気がする。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というやつだ(笑)