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性欲は本当に人間の3大欲求か?種の保存と切り離された4つの新視点

どうも、Glocal Lifeです。

今回の記事では「性欲は本当に人間の3大欲求なのか?」について

考えてみたいと思います。
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男女差別と性欲の問題

前回と前々回の記事で、男女差別を考えてみたのですが、

最終的に「性欲は自然の欲求だから仕方ない」という形で、


男性が女性を「性のはけ口」にするのが

許される社会構造が維持されている気がします。


別に当人同士が同意しているのなら、

外野がとやかく言う必要はないのですが、


カントの『他者を手段としてのみならず、目的としてとらえよ』という道徳法則は、

社会運営の基盤となるべきだと思うので、

永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)

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風俗で働いている女性のように、

他者である女性が「(男性の性欲解消の)手段としてのみ」に扱われるのは、

社会構造として、どうも歪な気がします。

性欲は本当に人間の3大欲求なのか?

そこで考えてみたいのは、

そもそも性欲を人間の3大欲求に数えることは、

本当に正しいんだろうかということです。


睡眠と食事をせずに生きた人は存在しないけど、

性欲を断って生活した人間は古今東西存在する。


そもそも女性の場合、生殖が可能な年数は30〜40年ぐらいで、

現在の日本女性の平均寿命である87歳の半分以下だ。


逆に言えば、生きている期間の大部分は、

生殖活動に関わらずに、人間は存在しているのだ。

種の保存は切り離された性欲

現代社会では性欲と種の保存は切り離されている。

人工授精も可能な時代に、性欲を特権化する意味があるのだろうか?


種の保存さえできれば、

性欲は個々の生命維持には関係ないので、

どうしてそれを3大欲求とするのだろうか?


種の保存の観点では、共食いや同族殺しを忌避する本能も、

生殖と同じ程度に大事なのではないか?

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発情期がない人類

性欲と種の保存の乖離について、

他の動物と異なる人類の特殊性を感じるのは、

人間に発情期がないからだ。


その理由は、様々に論じられているが、

一説によると「人間の場合、火を起こすところから始まって

環境を自分でコントロールすることを覚えたので、季節繁殖は必要なくなり、

どの季節に子供が生まれてもその子供を育てるだけの食料を

人類が調達できるようになったためなのだ」と言う。

matome.naver.jp

要は、火という「文明の利器」が、

発情期という「動物の本能」を消してしまったのだ。

人工授精と不妊治療

現代社会では、人工授精が可能になり、

現代日本では、7組に1組のカップルが不妊の時代を迎えている。

diamond.jp

少なくとも日本を始めとした先進国では、

セックスと人類の種の保存は、切り離されている現状だ。


ちなみに、不妊というと女性の問題に考えられやすいが、

不妊の原因の半分は男性です。

toyokeizai.net

この記事では「不妊は日本の未来を左右する問題」などと騒いでいるが、

私は発展途上国のこれからの人口爆発を考えると

先進国はこれ以上人口が増えない方が

地球全体としては好ましいと思う。

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長寿社会では性の役割も相対的に低くなる?

また、100歳超えが当たり前になる長寿社会になるにつれて、

社会における性の役割も相対的に低くなるのではないか?


2000年に生まれた子供の半数は100歳まで生きるというし、

織田信長が「人生50年」と唄った時代から、

21世紀には寿命が2倍になると考えていいかもしれない。


そうなると生殖活動は、そんなに大切ではなくなるかもしれない。

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性欲の仮面を被った単なる支配欲?

40年も、50年も睡眠と食事をせずに生きることは不可能だけど、

40年も、50年も、セックスせずに生きることは可能だ。


ましてや、高度に発達した現代社会では、

実際に生身の人間を相手にしなくても、

マスターべション(自慰)などで、性欲は解消できる。


「レイプは、純粋な性欲よりも支配欲を満たすための犯罪だ」と言われるが、

男女差別構造を正当化する形で論じられる

「性欲は自然の欲求だから仕方ない」というのは

性欲の仮面を被った単なる支配欲ではないのだろうか?

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「性欲」の代わりに「排泄欲」

こちらのサイトで紹介されていたマズローの生理的欲求は、

「性欲」の代わりに「排泄欲」を、

「食欲・睡眠欲」と並ぶ3大欲求としていました。

blog.nekopenguin.com

「『排泄欲』については、"自分の内から外へ出す"という意味で、

性欲も含まれます」とありますが、

「性欲」の代わりに「排泄欲」と考えた方が

より正確で合理的だと思います。

排泄欲のコントロールは自己責任

なぜなら「性欲」という言葉を使うと

「性の対象者は何か」という問題になりますが、

「排泄欲」という言葉を使うと、

とにかく「排泄行為」が大事な訳で、

「対象者」は単なるキッカケにすぎないからだ。


だから「あの女はスカートが短かくて、男の性欲を刺激したから、

レイプされても仕方ない」というような愚かな論理は通用しない。


キッカケはなんであれ、「排泄欲」をコントロールするのは、

人間の尊厳を支える、大人の最低限のマナーである。


水の音を聞いたから、尿意を催して、

立ち小便をして、公共の場所を汚した人間が、

「俺に尿意を感じさせた水の音が悪い」

などという論理が通用しないのと同じだ。

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セックスとマスターべション

もう一つ「性欲」の代わりに「排泄欲」と考えた方が良い理由が、

「セックス=ノーマル

マスターべション=アブノーマル」という図式に

違和感を感じるからだ。


「性欲」なら「性の対象者」と一緒にするセックスでないと

たしかにおかしい(アブノーマル)かもしれないが、


「排泄欲」という言葉を使うと、

排泄行為そのものに焦点が移るので、

一人で排泄しようが、誰かと一緒に排泄しようが大差ない。

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全てのセックスはパブリック

この観点は、以前読んだ本の中で紹介されていた

アメリカのフェミニストの主張とも一致する。

家族を超える社会学―新たな生の基盤を求めて

家族を超える社会学―新たな生の基盤を求めて

アメリカのフェミニストは

「The personal is political(個人的なことは政治的なこと)」というスローガンで、


個人的なこと、プライベートなことと考えられてきた

家庭や夫婦関係、セックスやジェンダーの問題に意欲的に取り組んできたが、


ついに「全てのセックスはパブリックなものである」と

訴える論者も現れ始めた。

個人的なことは政治的なこと - Wikipedia


彼らの主張は以下の通りである。

「『セックス=プライベート』と考えられてきたが、

他者と一緒に行為は、厳密にはプライベートではない。


他者の身体を介在するセックスはパブリックな行為と考えられるべきで、

プライベートなのは、マスターベーションだけである」

食欲と同じく個人の好みの問題

そのように考えると、

排泄欲は、食欲と同じように考えてもいいかもしれない。


本来の個体の維持のためには、

栄養を摂取しさえすれば、何を誰と食べようが関係ない。


一人で静かに食べるのが好きな人もいれば、

大勢で賑やかに食べるのが好きな人もいる。


グルメで、食にこだわりのある人もいれば、

健康を維持できれば、そこまで味を気にしない人もいる。


それは個人の好みだろう。


排泄欲も、セックスで解消したい人もいれば、

マスターベーションで満足している人もいる。


「セックス=ノーマル、

マスターべション=アブノーマル」と一律に押し付けるよりも、

単なる個人の好みと考えた方が

もっと自由で多様性のある生き方が可能になるではないだろうか?

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まとめ

以下、性欲よりも排泄欲を人間の3大欲求と考える方が

合理的な4つの理由をまとめてみます。

(1)科学の進歩による性と種の保存の分離(人工授精や不妊治療など)

(2)長寿化による性の役割の相対的な低下(生殖年齢と寿命の不一致)

(3)性欲を男女差別の正当化に使われなくなる(排泄欲は個人の責任)

(4)自由で多様性のある生き方が可能になる(結婚や育児をしない人生)

多様な意見の一つとして、

少しでも皆様のご参考になれば嬉しいです。

これからもGlocal Lifeをよろしくお願いします。

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