無知はどこまで許されるのか?論件について語る資格を考える
どうも、Glocal Lifeです。
今回の記事では、論件について語る資格について
考えてみたいと思います。
論件について語る資格
今回の記事のきっかけとなったのは、こちらのツイートです。
「・・・について知らないものはこの論件について語る資格がない」というロジックを使う人間とは口をきくだけ時間の無駄です。彼らは真実の開示には興味がないし、人間の知性の向上にも興味がない。自分がその場で「でかい顔をする」ことにしか興味がない。マウンティング命なんです。
— 内田樹 (@levinassien) 2016年8月19日
偏見と憶測のみで語る人間
う〜ん、内田さんの論点も理解できるし、
「マウンティング命」の人間との議論は
時間の無駄だという意見には賛成だけど、
無知であるにも関わらず、偏見と憶測のみで語り、
真実の開示には興味がなく、人間の知性の向上にも興味がない人間もいると思う。
対話を通して学ぼうとする人間は別
そういう相手には
「・・・について知らないものはこの論件について語る資格がない」
というロジックを使うのも、
一つの手なのかもしれない。
もちろん、そのトピックについて今は知らなくても、
対話を通して学ぼうとする人間は別だけど。
無知をひけらかすトランプ
私がそのように思う理由の背景として
トランプ大統領候補のことを考えている。
トランプは「メキシコの不法移民は全員性犯罪者か麻薬の売人だ」と述べたが、
彼はメキシコ不法移民について何も知らないし、知ろうともしない。
彼に移民問題について語る資格があるのだろうか?
言論の暴力
いくら大統領候補だからと言って、
無知であることをひけらかし、
何も学ぼうとせずに、独断と偏見で語り、
メキシコからの移民の人たちを貶めるのは
人権侵害に他ならないと思うのだが…
まとめ
以上、今回の記事では、
論件について語る資格について
考えてみました。
多様な意見の一つとして、
少しでも皆様のご参考になれば嬉しいです。
これからもGlocal Lifeをよろしくお願いします。