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ロボットが進歩するほど、生命ある人間との違いが、浮き彫りになる!

以前書いた「ホモ・サピエンスの時代の終焉!

『賢い』人工知能と『共感する』人間」という記事で、

大変興味深い質問を頂いたので、ここで私の考えをまとめてみる。

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最初の質問の内容

私が頂いた質問は、この記事に関してでした。

kbooks.hatenablog.com

この場をお借りして、大変に興味深い質問をして下さった
再チャレンジャー (id:saityarennji20150101)さんに、
心からの感謝の思いを述べさせて頂きます。

再チャレンジャーさんの質問の内容は、こちらです。

「人間の自我は普遍的な全宇宙を包括する永遠性それ自体に等しいと

シュレーディンガーは語っています。

人工知能もそうなれるのでしょうか?」

私の回答

もう質問の内容自体が、めちゃくちゃ面白いですよね!

私なんかが、こんな素晴らしい質問に答えられるのかとドキドキしながら書いた、
私の返答の趣旨は、こちらです。

これは私個人の意見ですが、

「人間の自我は普遍的な全宇宙を包括する永遠性それ自体に等しい」

というシュレーディンガーに意見には全面的に賛成しますが、

私はそれが人間が「生命」を持っているからだと思います。


人工知能は、いくら知能が高くても、「生命」を持っていない限り、

自我を持つことは不可能ではないかと私は思っております。

再チャレンジャーさんの返答

私の返信に対する、再チャレンジャーさんの返答が、
私の最初の返信の100倍ぐらい考察が深い、素晴らしい内容で、
心の底から感銘を受けたので、以下に紹介します。

実はわたしもそう思っていました。
生命とそれ以外には何か決定的な違いが存在すると思います。

人工知能がいくら高度に意識化したとしても、生物学的な階層での議論なら、
やはりそこには決定的な生物と無生物の違いがあるように思います。

それは例えば生き物の生・死の境界線と同じような。

素粒子の世界まで達した議論だと、意思と言うものの存在のありかを
議論する必要が出てくるのではないでしょうか?

宇宙を無から発生させた意思の存在。
あるいは素粒子自体が意志を持っているのか?!あたりの事を
実験や観測によって実証できるかが人類の当面の課題のように思います。

あと、内包的に感じている我々の五感が、
自我・意思と言うたぐいの漠然としたものを抜きに、
定義することが出来ない以上、
宇宙の普遍の永続性と同化していると考えて良いと思います。

私の再回答

いや〜もう、コレなんかも、本当に深いご考察じゃないですか!

こんな素晴らしいご意見を、私のところなんかの辺境サイトのコメント欄に、
埋めたままにしておくなんて、本当にもったいないと思ったので、

せめて、こちらで、ご紹介させて頂きました。

以下が、私の再回答の趣旨です。

魂の重さは21グラム?

人工知能と人間の境界線を「生き物の生・死の境界線と同じようなものだ」
と仰られた所など、まさに慧眼だと思います。

変な話ですが、人間が死んだ後は21グラムほど、
生前より軽くなるそうですね。

しかし、人間の身体を全て解剖しても、
その僅かな21グラムの部分は何処にあるのか、特定できないそうです。

人工知能は生命に近づけない

私は霊魂の存在は信じていませんが、
何故か、この「21グラムの話」は心に迫ってきました。

最近の科学研究では、この「21グラムの話」は否定されたそうですが、

いくら精巧に人間に似せたロボットを創ろうとも、
この「生命という部分」は永遠に近づけないのではないかと思っています。

意志は何処に存在するのか?

「宇宙を無から発生させた意思の存在」という表現も素敵ですね。

これも私個人の意見ですが、素粒子自体をいくら解剖・分析しようとも、
「何処に意志が存在するのか?」という疑問は解明しないと思っています。

現代科学は100%唯物論で、華々しい成果を挙げてきましたが、
私は「生命」は、物質と精神の両方の側面を持っていると思っているので、
唯物論的アプローチでは全体の解明には届かないと思っています。

神ではなく宇宙を貫く法則

私は、再チャレンジャーさんが仰ったように、
「宇宙を無から発生させた意思の存在」というのが、存在すると思います。

ただ、それは人間に似せて想像された「神」のようなものではなく、
仏教の「ダルマ(宇宙を貫く法則)」の形で理解した方が、
真理に近いのではないかと思います。

「梵我一如」という概念

私個人は、元々はヒンズー教の概念で、
仏教にも受け継がれた「梵我一如」という言葉に共感を感じています。

最初に再チャレンジャーさんが紹介して下さった、シュレーディンガーの
「人間の自我は普遍的な全宇宙を包括する永遠性それ自体に等しい」
という意味と同じようなものだと、解釈しています。

まとめ

私のロボット記事から端を発した、ロボットと人間の違いを、
「生命を持つ者」と「生命を持たない物」との観点で、考察してみました。

ここまで読んで下さった皆さんは、どうお思いになられたでしょうか?
皆さんのご意見もお聞きできるのを、楽しみにしております。

枠線や色の背景が便利!

以前の記事でも、ご紹介しましたが、記事の中で、枠線や色の背景を付けて、
引用部分や強調部分を見やすくするカスタマイズは、すごく便利でオススメです。

詳しくは、こちらの記事からどうぞ。

kbooks.hatenablog.com

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